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放蕩息子も必ず帰ってくるのだ



神様が絶対いないと信じている人は少ないと思う
でも、本当の神様を知ることは簡単ではない
神様は、親の親の親の親の・・・・・一番最初の親だから・・・
肉身の親に対する情って、大事だと思う
そこが難しいと、素直に「神様!~」ってなりづらいなぁ

僕は幸いに、親にも恵まれたと思う
もちろん最初からそうだったわけではない・・・
何しろ、田舎だから、思春期には葛藤ばかりだった
最悪だったのは高校時代
中学までは、小遣い無し、マンガなし、の優等生で(っていうか、お金を使う店もなかったんだけど・・・)
そんな環境が一変した

高校までの道中が、誘惑の多いこと、多いこと、
それまでは、年に2~3回、親と一緒に善光寺参りするくらいだったのが
毎日、東急、ダイエー、イトーヨーカドー、ジャスコetc・・・

やがて、僕はいわゆる『非行』に走ったのだ

補導されて、親が派出所に迎えに来た・・・
泣いて謝った「もうしません」って・・・でも、数ヶ月後、また同じ事になった
学校は、停学・・・また停学・・・最後は無期停学
校長室で「次、またこうなったら退学してもらうしかありません」って言われた

もちろん、親は怒った・・・

3度目の無期停学は、結局1ヶ月近く家にいた
いいかげんな自分に嫌気もさしてきた
「だめだな、俺」

そんな時、母は「家にいたって勉強しないだろ。いっしょに畑行くぞ!」
僕は「駄目だよ、出かけちゃいけないって先生が言っただろ」
母は「いいから、行くよ!」と強気で迫ってくる

結局、一緒に何度か畑に行った。
親はどちらも車の運転ができないから、集落の中を歩いて行く。
近所の人が声をかけてくる
「あれっ、今日は学校休みかね?偉いね~畑仕事なんて!」

畑からは長野の町が遠くに見える・・
仕事は、蚕にあげる「桑の葉」を摘んでいくことだった
桑つみの合間、休んでも僕は無言だった

しかし母は昔と変わらず、一生懸命生きていた・・・

昔はよくこうして一緒に畑に来ていた・・
小っちゃな頃、手伝いもできない僕は、隅っこで土いじりをして遊んでいた
春になると、ヒバリがよく飛んでいた
ヒバリって、垂直に鳴きながら上がっていって、しばらくすると、すーって降りていく
何度も何度も繰り返すヒバリをず~と見ていた。

あの頃と同じ、畑のにおいがした
母は「たまにはいいだろ~」って笑う

桑の葉を「びく」いっぱいに詰め込んで、家に帰っていく。
肩にびくの重みが食い込んでくる。
途中、湧き水の所で休憩
家に帰ったら、その桑の葉をひろげてから、蚕にあげる。

僕ら家族の時間は、何も変わらずに過ぎていた・・・

父も母も、僕を信じていてくれた
いつか立ち直ると!

僕は、立ち直らなくちゃいけないと決心した

親は、いつでも子供を信じている
そして、親はいつまででも子供を待っている
時が過ぎて、僕も親になった

父と母には本当に感謝している
あの時、僕を信じてくれてありがとうって

そして、僕はそのおかげもあって、こうして神様に出会えた
真の御父母様に出会えた

父と母の向こう側に、天地人真の父母様が見える
孝行したい!
自分は十分幸せです
涙を流し続けられた天地人真の父母様に孝行したい!

神様~愛しています!
神様~感謝致します!
神様~ご苦労様です!
神様~祝賀申し上げます!
神様~よろしくお願い致します!

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jinbadaira

Author:jinbadaira
早いもので49才になった
どうりで子供も大きくなってきた
3人の子供の成長に負けないように、今日もファイティング!

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