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【キリストに従う者たち】高山右近_1

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メシヤ再降臨準備時代の日本、そこには驚くべき信仰を立てた方々が数多くおられる

高山右近・・・この方はその中でも格別だ

下克上の戦国時代にあって、キリスト教の教えをもって、理想国をつくろうとされた
武将としての人生の前に、クリスチャンとしての人生をかけぬけた高山右近

2012年11月30日 その受洗の地は、静かに僕らを迎えてくれた・・・・


右近が生まれた沢城は、京や奈良の中心からそれほど離れてはいないが、周囲を山々に囲まれた静かな農村地帯にある

右近は、そこで洗礼を受け、父の元でリーダーとして、クリスチャンとして、育っていく


やがて右近は、21才の若さで高槻城主となった・・・

父ダリヨは引退して、教会への奉仕と伝道に専念していた

親子の一日は教会での祈りから始まる・・・・



領主とは思えない程の謙遜な姿勢で、右近は、領民から絶大な信頼と尊敬をうけていく

そんな右近の有名なエピソードがある・・・


ある日、貧しい領民が病に伏せっていることを聞いた右近は、あたりまえのように薬や食べ物を届けた
身よりの少ないその領民は、思ってもみない領主からの心遣いに涙して喜んだ

しかし、その甲斐なくやがて死が訪れたが・・・葬式を出す余裕もない・・

その家を再び訪ねる右近・・・その棺を右近は担いだ・・・

家臣は驚いた・・死者を葬るのは、差別された人々の仕事だったからだ・・・

家臣達は、右近の姿に感動し、われ先にと共に棺を担ぎ、墓を掘ったという・・・

その後、領内では、武士達が領民の世話をするのが、あたりまえになったのだ・・・


やがて、領民の8割がクリスチャンとなる・・・




僕らはそんな右近受洗の地で、天地人真の御父母様に祈りと訓読を捧げた

つづく・・・・かも

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【天聖経】罪と蕩減復帰 から

復帰のためには、人がどんな干渉をしたとしても、自分自身の確固とした主体性をもって進まなければなりません。人がどんな道を行こうと、私の行く道は忙しいのです。横からどんなことを言われても、そこに神経を遣っている暇はありません。夜寝る時間がありません。落ち着いて、楽に座って食事をする余裕もありません。そのような切迫した心情をもたなければ復帰の道を行くことができません。

先生は生涯命懸けで闘ってきました。この世なら苦痛を避けて通ることができますが、これを避けることもできません。腕力や暴力をもってできることではありません。原理原則に従ってなさなければ、四方から押し寄せる矢を避けることができません。このような闘いは、神様が天地を創造されることよりも、もっと困難なことではないかと思われます。そのようなことをしながらも蕩減を立て、内的な基盤を築いてきたということは、皆さんは夢にも考えることができないことでしょう。そのような基盤を礎にして転換点を築いたということは、天宙的な勝利だということができます。

私が今死んだならば、私のように神様を愛し、私のように人類を愛する人がこの地にいるだろうかという懸念が先立ちます。そのような意味で私が長生きしなければならないのです。先生は皆さんの中からそのような人が早く出てくればどんなにいいかという目で、皆さんを見つめているということを知らなければなりません。神様がこのレバレンド・ムーンに祝福してくださるとすれば、神様が私にそのような人を下さることが一番のプレゼントであり、祝福であると考えるのです。今まで不信され苦難を受けてこられた神様を、先生以上に愛し、先生以上に人類を解放するために努力するという人がこの時間に現れるならば、きょうは栄光の日なのです。

ある霊通人が、文先生が偽物か本物か祈祷していて痛哭したのです。我知らず痛哭するのです。一日、二日、毎日痛哭するのです。どうしてでしょうか。文先生を知るには痛哭する心情を知らなければなりません。それを知らずには文先生が分からないのです。誰かが私に向かって一言ったならば、私は千年の恨を抱いて痛哭できる事情をもっているということを誰が知っているでしょうか。私が神様を知らなかったとすれば、それほど悪口を言われることはありません。神様をあまりにも知っているという罪によって……私だけを信じるしかない神様がどれほどかわいそうなことでしょう。二千年間のもつれた歴史を、二十年間で蕩減復帰しなければならないのです。ですから容易でしょうか。容易に言うことができるでしょうか。

蕩減原則をもって、歴史時代に神様が悲しまれたすべての事情と苦痛を解いてさしあげなければならないのです。そうしてこそ、その子が、過ちを犯して神様を苦労させた不孝者だということを知り、父母に仕えるにおいて不孝をした以上に、孝行の限りを尽くすことのできる真の孝行息子となるのではないかということです。それゆえ神様に仕えるにおいて自分のすべてを犠牲にして、御苦労される父母様の労苦を、歴史時代にどれほど苦労されたかを知らなければなりません。一歩一歩少しずつこのように清算することのできる時代になったので、神様に侍り、皆さんが今からでも神様の苦労を代わりに背負い、神様を解怨成就してさしあげなければなりません。

救世主はいったい何をしに来るのでしょうか。政治をするために来るお方ではありません。今日キリスト教で言うには、主が来ればすべて空中に上げられ、自分たちは連なって引き上げられ、地上の人々はみな……。違います。そうではありません。審判するというのですが、救世主は審判しに来られるお方ではありません。その方は神様の息子、娘であると同時に、人類の父母として来られるのです。人類の父母として父母の心をもって来られるお方が、病気で死にそうになって呻吟している息子、娘を見て「お前はあの地獄に行け」と突き放すことができるでしょうか。堕落したこの世の父母でも、自分の子が死んでいく悲惨な姿を見ればのどを詰まらせ痛哭して、自分の生命を失ったとしても、子を生かすためならどんなことでもしたいという気持ちが先立つのです。それが父母であるのに、本然の父母の心情をもって来られる救世主はいかばかりでしょうか。審判というのは考えられないのです。そうではありませんか。

さあ、先生と神様が会うとしたら、笑って会うでしょうか、痛哭して会うでしょうか。考えてみてください。私が思うには、昏睡状態に陥ると考えられます。涙を流すとすれば体面があり、死ぬとすれば体面があるからです。体面がありません。四十年の生涯をやったとはいえ、誇るものは一つもありません。恥ずかしいばかりです。そのように思うのです。

統一教会の文先生という人が現れたので幸いです。人間の百五十万年という歴史的な恨がもつれ、絡み合ったものを元に戻すために、どれほど苦労したか知れません。限りなく転がっていくこの歴史的な悲惨な姿を、天の前に戻すための道を、誰が切り開くかということが問題です。統一教会の何年かの歴史の上に数千年の歴史が展開され、数十万年の歴史が背後でかみ合って動くのです。悲しみの歴史を、統一教会が蕩減の悲運を負って取り戻してきたということを忘れてはなりません。

私がこの地に人間として生まれ、本然の地上の万物を神様のように愛し、動物を神様のように愛し、人間を神様のように愛したがゆえに神様の愛の相対になったのです。神様から出発したので神様に帰るのです。神様は皆さんが生きている間に、何億万倍も素晴らしくなることを願っておられます。それゆえ御自身よりも素晴らしい息子となって帰ってくることを願っておられるという事実なのです。

先生の名前には興味深いものがあります。「文」という字をこのように早く書けば父という字になります。そして「鮮」という字は羊と魚を意味します。このように父を中心として陸地と海を合わせたものなのです。次に「明」は日と月です。海を一つにし、陸地を一つにする、カインとアベルを一つにする統一的真理を教え、日と月が一つとなる統一的真理を教えてくれる方とは誰かというと、神様だというのです。神様は知恵の王です。知恵の王であると同時に、神様は父母なのです。
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つかの間の命と、永遠の命を取り替えるわけにはいきません!

ルドビコ茨木


豊臣秀吉が、キリシタンを迫害しはじめた頃、全国への見せしめとしたのが【二十六聖人】の殉教だ

真冬の京都から長崎までを歩かされ、丘の上で十字架についた彼ら・・・


ルドビコ茨木・・・彼は12才だった

彼は、京都の修道院で病人の世話を熱心にしていた・・・洗礼を受けてまだ1年足らずだった

司祭が、捕らえられていく時、どんなに役人がふりほどいても、司祭から離れなかった・・・

役人は、仕方なく、ルドビコも一緒に捕らえていった・・・

キリシタン弾圧の見せしめとなった彼らは、雪の降る1月、裸足のまま、長崎まで歩いた・・・


ゴルゴダへの道だ・・・最年少のルドビコに皆は何度も励まされたと言う・・・


同行する役人たちも、まだ幼いルドビコを、救おうとする

『信仰を捨てれば、助けてあげることができる』と・・・

しかし、ルドビコは、『つかの間の命と、永遠の命を取り替えるわけにはいきません・・・あなた様がキリシタンになって一緒に天国に来てくださるといいのですが・・・』と答えたのです。


長崎の丘に到着した時、教えてもらった自分の十字架に駆け寄って抱きしめたルドビコ・・・

十字架上で賛美歌を歌い、最後は『パライソ!パライソ!(天国!天国!)』と言って、旅立っていった・・・


見物人は4000人以上・・・弾圧に耐えかねて捨てかけた信仰を、もう一度取り戻した人たちが多くいたと言う




僕の心の中には、かけがえのない方が今も生きている・・・

お父様!! あなたに出会えて、僕は本当に救われました!

これからも、ずっと、この【心】をもって、生きていきたい!

あなたこそが、僕らの希望です!



さあ、基元節まで、あと88


今日は、長野に大母様・総会長様をお迎えします!

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Author:jinbadaira
早いもので49才になった
どうりで子供も大きくなってきた
3人の子供の成長に負けないように、今日もファイティング!

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