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統一教会に行ってしまった妻を殴った日

統一教会に妻をとられたと思った僕は、本当に落ち込んだ

どう考えても、浮気だろ!って思った

許せなかったけど、でも、まだ愛してもいた・・・

自分で考えてもどうにもならないのに、それでも考えた

考えて、考えていると、楽しかった想い出ばかりが頭をよぎる・・・

楽しいはずの新婚生活が・・・日に日に崩壊していく

 “離婚”  頭の中で大きくなっていく言葉

口を開けば、言い争いになる

「頼むから辞めてくれ!」
「あなたこそ、分かってください。そんなに悪いところではありません」
「統一教会なんて、弱い者が行くところだ!おまえはだまされているんだ!」
「そんなことありません。そんなに言うんだったら、自分の目で確かめてみてください!」

「もう!いい加減にしろ!」・・・・・ガツン!!
パンチ
やってしまった・・・もう、終わりだと思った・・・・

僕の心は、まるで浜田省吾の世界だった・・・

 “あの人のことなど もう忘れたいよ
 だって、どんなに想いをよせても
 遠く叶わぬ恋なら

 気がついた時には もう愛していた
 もっと早く「さよなら」言えたなら
 こんなにつらくはなかったのに・・・”

・・・つづく

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あの日、僕は統一教会が嫌いだった・・・



僕がまだ、統一教会に行ってしまった妻に、大反対をしていた頃・・・

別に、理論的に統一教会の教義に異議があって、反対してたわけではない


青空が一瞬にして曇ってしまったのだ・・・あの日

まだ、新婚と呼べる頃、周りから見れば十分幸せな夫婦に見えていたと思う


  でも、僕の心は モノトーンに変わった

  町全体が色あせた

  統一教会に、妻をとられた!という感情だ・・・・・・

愛する者を奪われた、耐えがたい思いだ・・・・

理屈ではない

だから、「どこが嫌なのか?はっきり言ってよ!」と言われても、

「嫌なものは嫌なんだ」としか言いようがなかった

もう、心が混乱と、喪失感と、怒りと、裏切られたという思いで、いっぱいだった

“どうしてあんな所に妻は行ってしまったのか!”

“何か不満があったのなら、言ってくれればよかったのに・・・・”

“よりによって、統一教会なんて・・・・・”


  もう25年も前の話だが、、最近いろいろ思う事あって、もう一度、あの頃の僕を訪ねてみようと思う・・・

  つづく・・・

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【召命の時】自分の願った通りの道が、幸せへの道とは限らない

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僕は自分の力で幸せを掴もうと必死だった・・・

以前、ブログに載せたが、“ひとめぼれ”した女性と結婚して、必ず幸せにしてやる!って思ってた。

でも、まだ神様を知らない頃の二人の行く道は、行けば行くほど、糸がもつれていった・・・

二人とも、良かれと思っているんだけど、かみ合わないことが多い

何故だろう?僕の願った通りの人生なのに・・・

幾度も悩んだが、いつも、最後はどこかで妥協するしかなかった


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・統一教会で学んでみて、よく分かった



僕の情の根っこは、天使長だったのだ

神様に愛されたくて、もうどうしようもなく愛されたくて、その気持ちを抑えられずに、エバを誘惑した天使長。



その頃の僕には“愛したい”気持ちもあるのだが、“愛されたい”気持ちが強かった

僕なりに一生懸命努力して得た“自分の願った通りの結果”になっても、幸せとは限らなかった


統一教会で学んでいく道は、自分にとって“願ったとおりの道”とは限らなかった
逆に、苦しい事も多かった。
でも、気がつくと自分にとって“成長”を感じる事が多かった

特に妻との関係は、お互いに“愛されたい”関係から、“愛したい”関係に変わっていった

離れていている時も、心と心がつながっていると感じるようになった・・・

真の愛に近づく道には、“心の影”が消えていくのだ。

以前は叶えば叶うほど「この愛はいつか失うのでは・・・」と思っていた

そんな不安は今はない・・・・・



僕は、統一教会で学んでみて、“蕩減”のありがたさを何度も実感した

一時は、苦しいと思う道でも、やがて、僕らを幸福に導いてくれた・・・蕩減の道は、本当に感謝の道だなぁと思う

常に、原点を忘れずに、基元節への道を歩んでいきたい・・・・

あと226日

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【召命の時】 あの日すべてを捨てたが、一番大切なものを手に入れた

asama.jpg

7月は僕にとって突別な月だ。
前にも書いたけど(これからは妻を妻と呼ばない)、仕事を辞めて青年を対象とした訓練に参加したのが、3万双間近の1992年7月だった。

1992年6月30日、朝、勤めていた市役所の市長室で、退職の辞令を受け取った。
職場の皆にあいさつして、10時には市役所をあとにした
そして、妻と一緒に、空っぽになった県営住宅の鍵を管理人室に返した。

翌朝は、第2回7.1節だった・・・・

教会で、朝、敬礼式に参加した。
特別に引き締まる時間が過ぎていく・・・・・

神様に祈る時、とても晴れ晴れとした気分だった

壮年壮婦というのは、知らないうちに、まとわりついてしまった荷物がたくさんある・・・・

まるで、新婚旅行に出かける車の後ろにジャラジャラとつける空き缶のように・・・

その日、僕らは何もなかった

仕事もなければ、家もなく・・・
何もないのに・・・驚くくらいに晴れ晴れとしていたのだ!


神様の前に、幼子のように、敬礼するその時の僕ら・・・新鮮だった

8:16長野駅発の特急あさまで、高崎に向かった・・・



・・・20年が経った・・・



あの時の僕!今の僕を見てどうですか?
まだ足らないね
もっと親孝行したいね


あの時の僕!今の世界を見てどうですか?
まだまだだね
僕らにはもっとできるはずだ
D-Dayまでの日々
新しい7月、新しい出発、30修は感謝だ!

曖昧な歩みではなく、明確な歩みをしよう!

昨日、ご父母様はミード湖で徹夜をされた、と伺った・・・・・

伝道だ!伝道だ!伝道だ!連戦連勝でD-Dayを迎えるぞ!

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【召命の時】自分が愛されるのも嬉しいが、親を大切にしてくれるのは、さらに嬉しい

妻は、生まれて初めての田んぼ仕事もすすんで手伝った。
段々田んぼの「畦(あぜ)づくり」も、見よう見まねではじめたが、親父も「覚えが早いなあ~」と絶賛
tanbo07.jpg
今、両親は、妻が大好きだ・・・
まるで、実の娘のように可愛がる・・・
でも、最初からそうだったわけではない・・・

出会った頃、田舎の両親と妻はまったく馴染まなかった
けど、妻は努力した
食事の風習の違いも・・・トイレも昔はくみ取り式で・・・冬の台所はシンシンと冷え込んだ・・・何から何までカルチャーショックだった

み言を聞いて、妻は本当に努力した
そして、やがて両親は、僕以上に妻を大切に思うようになったのだ・・・

僕が、復帰されたのには、この理由も大きい
そう、自分が大切にされるのも嬉しいが、自分の親を大切にしてくれるのは、もっと嬉しい!!

妻よ!ありがとう!!!
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プロフィール

jinbadaira

Author:jinbadaira
早いもので49才になった
どうりで子供も大きくなってきた
3人の子供の成長に負けないように、今日もファイティング!

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